2018年6月25日月曜日

独仏伊一人旅(65) 6月7日(火)午前 ナヴォーナ広場、夕刻 ミュンヘン空港経由で帰途に就く

進む途中で予定していなかったマダマ宮Palazzo Madamaと言われる、イタリア上院の建物である。建物は14世紀の終わりごろのものだそうだが、メディチ家が住んでいた。上院の議事堂となったのでは、1871年だという。名前は、16世紀半ば、オーストリアの王女マルゲリータに因むそうだ。
マダマ宮Palazzo Madama
この建物の前を通り過ぎてナヴォーナ広場に入る通りを見落としてしまった。気づいて戻ってきて広場にようやく辿り着いた。観光地ベスト10に入るだけあって、すでに結構大勢の人出だった。

1648‐51年に造られた「四大河の噴水」は、ベルニーニという人の設計によるものだ。広場にはこの他2つの噴水があったが、この噴水は中央に据えられていて、西側に塔オベリクを抱いていた。背後は、サンタ・アニェーゼ教会(S.Agnese inAgone)。
四大河の噴水
四大河とは、ナイル(エジプト)、ガンジス(インド)、ドナウ(ヨーロッパ)、ラプラタ(南米)で、噴水の彫刻はこれらを擬人化したものというが、残念ながら良くわからなかった。
四大河の噴水
広場の見学を最後にホテルに戻り、預けておいた荷物を受け取り、テルミニ駅から
空港線に乗ってフィウミチーノ空港へ向かった。搭乗手続きまでにかなりの時間があり、もう少しローマ市内を見ておくべきだったかもしれないが、ゆっくり待つことにした。
4時過ぎに出国検査をうけ、搭乗口近くで待っていた。搭乗時間が近づいてきたところで搭乗口が変更された。乗客が並び始めたのでその後に続いたが、立ったままで待っていたが動く気配がなかった。予定は19時10分離陸、ミュンヘン空港20時45分着陸、同21時25分離陸であったので、気が気でなかった。フィウミチーノ空港を20分ほど遅れて離陸したためか、ミュンヘン空港では航空会社の社員が待ち構えていて、羽田行きの飛行機に直接乗り付けることになった。こうして乗り継いだ乗客は私を含め4人だった。

ミュンヘン空港の夜景
ミュンヘン空港の夜景
ヒヤリとしたもののあまり遅れることもなく離陸し、日が変わった6月8日(水)16時すぎに羽田に着陸した。18時前に無事帰宅した。

【お礼とお願い】長らくご覧いただきありがとござました。文中私の誤解や理解不足のため多々誤りがあったのではないと恐れています。お許しいただきたい。
2年続いた欧州編はひとまず終わりました。次回から中国編に取り掛かります。昨年及び今年の2回、それぞれ10日余り中国各地を訪ねました。2017年を「中国一人旅その1」、今年2018年を「中国一人旅その2」に分けて順次アップしていきます。引き続きご覧くださるようお願いします。

2018年6月22日金曜日

独仏伊一人旅(64) 6月7日(火)午前 パンテオン

今回の旅の最終日、ローマで見残した2か所、パンテオンとナヴォーナ広場を訪ねた。地下鉄A線テルミニ駅から2つ目のバルベリーニ駅で降り、地図を頼りに歩き始めた。コルソ通りまで来たが、パンテオンへの道を間違うなど時間と足を無駄にしながら何とか辿り着いた。

パンテオンPantheon-Basilica Di S.Maria Ad Martyresはマルス広場に建てられた世界最大の石造り建築である。
初代のパンテオンは、紀元前27年に初代皇帝アウグストゥスの側近と言われたアグリッパによって建造されたが、その後火事で焼失したため紀元118年から128年にかけてハドリアヌス帝によって再建されたそうだ。後部の円堂は、高さ、直径ともに43.2m、壁の厚さは6mもある世界最大の石造り建築であるという。
ドームの頂上部分には、オクルスoculus(ラテン語)と言われる開口部が造られている。
入り口・前廊の列柱は、長さ13m、16本の大理石の石柱である。
建設に関し様々なエピソードがあるらしい。例えば、当初はアウグストゥスを奉ることを予定していたが、市民の反発を避けるため、万神殿に変更されたという。7世紀初頭(608年)にキリスト教の聖堂バジリカになり、現在に至っているそうだ。
パンテオンの全景
入り口・前廊Pronaos 出入りする人々と比べると、高さがよくわかる。
入り口
入り口・前廊 天井を仰ぐと、屋根を支える木組みが見られた。
入り口の天井屋根を支える木組み
円堂内は、案内板(下図)によれば、入り口から右回り(時計と反対周り)に、7つの礼拝堂と祭壇が円堂を穿つように設置されている。
パンテオン内部の配置図
ドームの開口部オクルス ドームの中央頂上はオク歯ルス(開口部)となっていて、陽が直接差し込んでいた。開口部の直径は約9m、窓や戸がないため雨が降り込む。そこで、そうした時は内部の床のその部分が立ち入り禁止となるそうだ。
オクルス(開口部)
第2礼拝室(6) 初代イタリア王ヴィットリオ・エマニュエーレ2世の墓
初代イタリア王の墓
第3礼拝室(8) 温和な聖母マリアの礼拝室

温和な聖母マリアの礼拝室
第4礼拝室(10) 主祭壇 入り口から入って正面の位置にある。
礼拝室
第6礼拝室(14) 第2代イタリア王ウンベルトⅠ世とその妻の墓
礼拝堂
内部から見た入り口
内部から見た入り口
最後に外周を東側から回ってみた。パンテオンは北向きに建てられていて、東面・南面・西面の写真4枚を紹介しておく。
北側から見た東側面
東側から見た背面(南側)
西側から見た背面(南側)
北側から見た西面
【余談】パンテオンを古代ローマに遡る遺産とみるか、7世紀に始まるキリスト教の聖堂Basilicaとみるかで見方がわかれる。僕は前者の見方で訪ねたが、教会としての印象が強く残った。

つぎにナヴォーナ広場に向かった。