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2015年1月2日金曜日

2014アメリカ一人旅 【帰国途中、シカゴでTransit 3/3】 ダウンタウンを歩く

シカゴ川 東、ミシガン湖を望む
Columbus Driveを南へ少し歩き、NBCビル前を通り過ぎて間もなく、シカゴ川に差し掛かった。小雨が降ったり止んだりして、高層ビルの上層階に雲がかかるなど、よい天候ではなかった。

 Columbus Drive Bridge(1982年)からミシガン湖を眺めたが、もう一つ上流の橋Lake Shore Drive Bridge(1936年)に遮られ、残念ながら見えなかった。

【余談】 このときは気がつかなかったが、シカゴ川はミシガン湖に流れ込んでいるのではなく、流れ出しミシシッピー川につながっているということだ。かっては流れ込んでいたが、シカゴの都市化が進み、湖の汚染が衛生上の大きな問題になったらしい。逆流(還流とも)させることになったのは、1900年のこと。その後も汚い川だったそうだが、1990年代に市長の音頭で美化運動の一貫として清掃作業が実施されたという。3月半ばの土曜日に、セントパトリックデイを記念して緑色に染める行事が40年続いている。多くの市民や観光客で賑わう行事になっているようだ。

2015年1月1日木曜日

2014アメリカ一人旅 【帰国途中、シカゴでTransit 2/3】 ミシガン湖畔のネイビーピアに行く

CTAブルーライン
オヘア空港の到着ターミナルからCTA地下鉄の駅を目指し長い通路や動く歩道を歩いた。ようやくショップやカフェのあるところに辿り着いたが、地下鉄へ降りていく通路が見つからず、あちこち行ったり来たりしていると、エレベーターの入り口が見つかった。地下3階?
に降り、大きな地下道を歩き始め、しばらく歩いて地下鉄の改札口に至った。Ventraというチケットを購入し改札口を通ることができた。

 車両は新しかった。乗客は非常に少なかった。ダウンタウンに向かって走りだしてまもなく地上に出た。雨模様のどんよりした空の下、外の風景は寂しく見えた。目指す駅まで16駅あり、どの駅でも乗り降りする人はわずかだった。

2014年12月25日木曜日

2014アメリカ一人旅 【帰国途中、シカゴでTransit 1/3】 ダレス空港からオヘア空港へ、UA機で移動

 6月4日(水)朝6時、モーニングコールに起こされ、支度ができたところへ、シャットルバンが迎えに来てくれた。すでに男と女が一人ずつ乗っていた。運転手は、無言で要領よく旅行カバンを後ろの荷台に入れて出発した。途中、1か所に寄り、もう一人の客を拾ってから、ダレス空港へ向かった。

 ポトマック川を渡り30分ほど走ったところで空港に着いた。UA便の出発カウンター近くで下してくれた。カウンターはすぐに見つかったが、チェックインに手間取った。帰り便は成田空港行き直行便ではなく、シカゴ経由を購入していた。シカゴでの乗り継ぎTransitまで6時間余あり、その間にシカゴ市内を観光しようと考えたからである。

 係員に、UA便でシカゴへ行き市内を観光したいが、荷物は成田空港へということをうまく伝えられなかった。成田空港で、ANAの係員にメモを書いて貼り付けてもらっていたeチケット(控え)を見せたところ、ようやく納得して手続を進め成田空港までの荷札(控え)を渡してくれた。

2014年12月19日金曜日

2014アメリカ一人旅 【ワシントン第4日 3/3】 ワシントン記念塔からアメリカ歴史博物館へ

第2次世界大戦記念碑・・・遠くにリンカーン記念館が見える
レフレクティング・プールの北側に沿って歩いていくと第2次世界大戦記念碑World War Ⅱ Memorialに至った。

【余談】 記念碑は、クリントン大統領時代にある退役軍人が発起し、連邦政府の資金と民間の寄付を募って建設され、2004年5月29日にブッシュ大統領が除幕式を行ったという、比較的新しいものだった。

 記念碑は、もともとあったレインボー・プール(噴水のところ)を取り囲むように、西側に設置されたフリーダム・ウォールFreedom Wall、南北に大西洋Atlanticと太平洋Pacficと名付けられた半円形のアーチ(高さは11m余)、その間に立つ56本の柱から構成されている。

2014年12月6日土曜日

2014アメリカ一人旅 【ワシントン第4日 2/3】 リンカーン記念館  

リンカーン記念館 正面
空が曇り辺りがうす暗くなったので、正面へ急いだ。大勢の人が見物に訪れていた。階段を上り、内部に入るころには、にわか雨が降りだした。

 記念館(記念堂とも)は、ヘンリー・ベーコンという建築家が考案したギリシャ神殿に見られるドーリア式と言う建築様式の荘重な建物だ。東の正面と西の背面に各12本、南側と北側に各6本、合計36本の円柱に囲まれている。1本の石柱の長さは33フィート(約10m)、円周は大人5人が手を伸ばしても抱えられないくらいということだ。36という数はリンカーン大統領が亡くなった時点の州の数という。円柱上部部分(古代建築でエンタブラチュアと言われるらしい)にこれらの州の名前が彫り込まれている(写真を拡大してみるとよい)。

2014年11月19日水曜日

2014アメリカ一人旅 【ワシントン第4日 1/3】 アーリントン墓地を巡る

 6月3日(火)、前日の疲れもあったのか、目覚めは遅かった。8時過ぎ、ホテルのレストランで朝食を摂り、部屋に戻って出かける準備をした。地図とカメラをショルダーバッグに納めて出かけた。

【余談】 前夜カメラのSDカードをパソコンに挿入しデータを移した後そのままにしておいたことを忘れ、カメラにSDを戻さないまま出かけていたことに午後になってから気づいた。従って、午前中アーリントン墓地などを撮ったつもりでいたが、データがない。残念至極だ。

 ホテルを出て、前日降りたサーキュレーターのバス停まで歩き、バスを待った。アーリントン墓地へは地下鉄ブルーラインのメトロセンター駅から乗って行くルートがあったが、今日は、まずフォギーボトムまでバスで行き、そこから地下鉄に乗ることにした。ほどなくバスが来て、1ドルを払って乗り込んだ。バスは、K St.を西に向かって進んだ。

2014年11月8日土曜日

2014アメリカ一人旅 【ワシントン第3日 2/2】 ゲッティスバーグ古戦場Visitor Centerから古戦場を巡る

ゲッティスバーグ古戦場ビジターセンターの案内板
ツアーバスは、ゲッティスバーグ古戦場Visitor Centerに着いた。センターのガイド(ボランティア?)が出迎えてくれた。

 配られたサイクロラマのチケットには、12:45PMと記載されていた。それまでに昼食を済ませ、少し周辺を歩いてみたいと考えた。サロンでピザ、スープ、コーヒーを取り、大きなテーブルで食べた。朝食を取らなかったからか、非常に食欲があった。

 食べ終わってからバスできた道を辿りミード将軍の司令部跡を目指したが、かなり距離があるようで案内板のところから引き返した。

2014年10月20日月曜日

2014アメリカ一人旅 【ワシントン第3日 1/2】 ゲッチスバーグ古戦場の町を訪ねる


朝日に陰るユニオン駅
6月2日(月)6時半、前夜に依頼しておいたモーニングコールに目が覚めた。顔を洗い、身支度を整えてホテルを出た。Mt.Vernon Squareを横切り、マサチューセッツ通りを一路ユニオン駅を目指して歩きはじめた。ホテルからおおよそ2km、30分くらいかかるだろうと目算していたが、ほぼその通りに着いた。

【余談】 ユニオン駅の外観は、駅舎とは思えないクラシックな趣である。5月31日、2時間余り、ニューヨークでの忘れ物が届くのを待っていた顧客サービス室はどの辺りだっただろうか。

2014年10月13日月曜日

2014アメリカ一人旅 【ワシントン第2日 6/6】 中華街へ夕食に出かける

中華街のアーチ
ホテルに戻り、一休みしてから夕食を摂るべく出かけた。昨晩は、ホテルのレストランでJazz演奏を聞きながらであったが、今夜は趣向を変えて中華料理をと思い、中華街へ足を運んだ。

 5月31日午後、ユニオン駅から地下鉄に乗り降りた駅が"Gallery Place-Chinatown"であったが、このアーチは地上に出たところにあった。広い通りを少しばかり歩いて中華料理店を探しながら街の風景を観察した。中国系アメリカ人は多くないのか、あまり見かけなかった。
 
 中華料理店と見て入ったところが、イタリアパスタのレストラン"VAPIANO"だった。ちょっとしたフードコートのようで、広いフロアに大小のテーブルとイスが置かれ、大勢の若者たちや家族連れが賑やかに会話をしながら、ワインを飲みパスタを食べていた。黙々と一人で食べている老人も見受けられた。
 入り口から奥へ左側にカウンター式のキッチンが並び、好みの前菜、ソウス、パスタ、デザートを選ぶと皿に盛りつけてくれる。注文した山盛りの"Primavera"は重く、食べ応えがあった。

2014年10月11日土曜日

2014アメリカ一人旅 【ワシントン第2日 5/5】 航空宇宙博物館 ライト兄弟、月面車、零式艦上戦闘機

 アメリカン・インディアン博物館の屋外展示を見ながら、西隣の航空宇宙博物館に向かった。モール側の入り口から入り、上を見上げると様々な飛行機が吊り下げられていて、興味が掻き立てられた。Welcome Centerで館内案内図を入手した。

 1階と2階に各16の展示室があるが、思いつくままに、ライト兄弟(209室)、アポロ(210室)、第2次大戦(205室)を見ることにして、エスカレーターで2階に上った。

1903フライヤー
209室には、ライト兄弟に関連する様々なものが展示されていた。そのなかの主役は1903フライヤーと呼ばれる「最初の動力付きで、パイロットが搭乗して継続的に飛行し、機体を操縦することに成功した、空気より重い空飛ぶ機械」である。

【余談】 この飛行機は弟のオーヴィルが操縦かんを握っていたそうだ。一体どちらを向いて飛んだのだろうかと考えたが、操縦桿を握る人物の姿勢から判断できた。2本のプロペラは、1台のエンジンの駆動をチェーンで伝え回転させたという。
 
 地面に敷いたレールを滑走路にして4回の飛行が試みられたと記録されている。回を追うごとに、飛行距離が伸びていることがわかる(ウィキペディアによる)。

2014年10月3日金曜日

2014アメリカ一人旅 【ワシントン第2日 4/6】 モール、スミソニアン博物館群を見る

議事堂の西正面(中央)
議事堂の南側の歩道を歩いて西正面(中央)に出た。その姿形は、東正面とは全く異なり、リゾート・ホテルといっても良いような趣であった。非常に好感が持てた。そして、振り返ると前方にモールが広がっていた。

 このモールの両側にスミソニアン協会が運営する博物館と美術館が並んでいるはずだが、木立のため隠れて見えなかった。青空のもと、緑の芝生の先にワシントン記念塔が見えるばかりであった。

 ホテルを出てから3時間近くが過ぎ、用を足したいと思い回りを見渡してもそれらしいところが見 えなかった。そこで、警官らしい人に、レストルーム!と声をかけると、近くの合衆国ボタニック ガーデンを指さしてくれた。

 そこで、メリィランド通りをそちらへ急いだ。受付で、レストルーム!というと、案内図で教えてくれた。ようやく用を足しほっとしたところで、館内を見る余裕ができた。

2014年9月24日水曜日

2014アメリカ一人旅 【ワシントン第2日 3/6】 連邦議会議事堂

議会図書館を後に、階段を下り道を渡って議事堂へ進んだ。芝生広場に沿って歩いていくと、下院の前に至った。そこでベンチに腰を下し、靴と靴下を脱ぎ、壮大な議事堂の建物を眺めながら休息をとった。

 議事堂は、左右(南北)の上院と下院、中央のドーム形の建物から成り立っている。東正面のそれぞれの入り口までは何段もの階段がある。 

【余談) 階段の下が議員やそのスタッフ用の車寄せになっている。彼らが階段を上り下りするのはどういう時なのか、興味がそそられた。
 
 ここでは、警官の姿が僅かに見られたが、厳しく見張っているというような感じはしなかった。

下院の玄関 三角形の切り妻壁
各建物の三角形の切り妻壁に、それぞれ異なる人物像が配置されていた。その要点を案内板の記載を基に紹介したい。

〔1〕 まず、下院は、"The Apotheosis of Democracy"と名付けられた大理石の人物像で、3つのグループに分けられている。1913年に据え付けられたという。

 中央: ”Peace Protecting Genius"
 左側: ”The Power of Labor:Agriculture"
 右側: ”The Power of Labor:Industry"

2014年9月20日土曜日

2014アメリカ一人旅 【ワシントン第2日 2/6】 最高裁判所、議会図書館、そして、連邦議会議事堂 アメリカの基点を見る

国会議事堂を中心とした案内図
キャピトルヒルズと言われるように、一帯は小高い丘になっている。全米日系米国人記念碑から、最高裁判所を目指して歩き始めた。相変わらず車も人も少なく、強い日差しが照りつけるなかを進んで行くと、最初に、ラッセルという名前を冠したクラシックな上院事務所ビルに出合った。その前にあった案内板で周辺の建物の配置状況が良く分かった。

【余談】 通常、地図上の上方は北、右方は東、下方は南、左方は西を指しているが、この略図はそうではない。それぞれ正反対である。上が南、下が北、左が東、右が西である。

 連邦議会議事堂を中心に芝生広場、通路と道路が南北対照的に配置され、国会議事堂を取り囲むように、北東側に上院事務所ビル2棟、東側に最高裁判所と議会図書館3棟、南側に下院事務所ビル3棟が建てられている。

【余談】 興味深いのは、最高裁と上院が向かい合っていることだ。三権の独立性が徹底している言われるアメリカにおいて、憲法を擁護する司法と立憲主義を実践する議会(なかでも上院)が常に緊張関係にあることを示しているのであろうか。行政を担う大統領は、議事堂の西に広がるモールの中央部に近いワシントン記念塔の北側にある。

2014年9月14日日曜日

2014アメリカ一人旅 【ワシントン第2日 1/6】 官庁街から全米日系米国人記念碑へ

フォード劇場
【余談】 蝋人形の館の入り口ではマリリンモンロウの蝋人形が呼び込んでいた。フォード劇場は、改装前の1865年4月14日夜、.観劇中のリンカーン大統領が狙撃されたところである。大統領は同劇場の前のビルで亡くなったということである。以後100年間くらい閉じられていたが、改装され、劇場として児童・生徒に向けた演目などが上演されているようだ。地下が博物館になっていて、リンカーンの大統領就任から暗殺までの生活や執務、奴隷解放などの歴史をパネルや展示品を通して見られるそうだ(「地球の歩き方」による。暗殺犯のものも展示されているらしい。ぜひ見学したいと思っていたが、残念ながら果たせなかった。

2014年9月9日火曜日

2014アメリカ一人旅 【ワシントン第1日 3/3】 BSQの演奏を聞きながら

 ホテルに着くころには日は落ちて薄闇となった。
BSQの出演を告げるパンフ
入り口の両側にランタンが赤く灯っていた。ボーイが恭しく迎えてくれた。部屋に入り、改めて荷物を整理した。顔を洗い用を足してから、部屋を出て、一階のレストランThe Tavernに向かった。先客は3、4組であった。案内の男がテーブルに案内してくれた。壁際の二人が向かい合った座る席だった。
 僕は、食事を摂りながら、ジャズを聴くという経験にこれまで味わったことがない興趣を覚えた。
 部屋に戻って風呂に入り、シャワーを浴びてすっかり良い気分になった。ベッドに横になって振り返ると、今日一日は実に様々な経験をしたものだと思いながら眠りに就いた。

 今晩は何を食べようかとメニューを見て、まず、Budweiserを頼んでから、Grilled SalmonとTavern Saladを注文した。冷えたたビールは乾いた喉を潤し、沁みわたった。パンを少しずつちぎって食べ、そしてビールを口に含んだ。やがて、Salmonとサラダが運ばれてきた。サラダは、大きなボウルに野菜と果物が盛られていた。Salmonは大きな切り身がこんがりと焼かれていた。フォークとナイフで、Salmonの切り身を切り分け、口に運んだ。何度かそれを繰り返して平らげたが、サラダの野菜の量が多く、噛むことに少し疲れた。

2014年9月7日日曜日

2014アメリカ一人旅 【ワシントン第1日 2/3】 ホワイトハウスを巡る

 ユニオン駅から地下鉄Red Lineに乗り、2駅目ギャラリー・チャイナタウンでGreen Lineに乗り換え、次の駅チャイナタウンで降りた。地上に出ると、中華街のアーチがあり料理店が何軒か見られるなかをThe Henry Park Hotelを目指して歩いた。3時過ぎの日差しは強く汗ばんできたが、何とか踏ん張り、ホテルに辿り着いた。


 ホテルで荷ほどきをしてから一休みした。思いもよらないアクシデントに出くわし、緊張のため相当気疲れしていたようで、ぐっすり眠った。4時半を回るころに目覚めた。日暮れ前に見ておきたいと思い、ホワイトハウスを目指して、ホテルを出た。10th.St,を南に下り、New york Ave.を西南方向に歩き始めた。

2014年8月28日木曜日

2014アメリカ一人旅 【ワシントン第1日 1/3】 待合室に忘れ物、車掌のグッドサービス

5月31日(土)、ニューヨーク最後の朝、もう一度セントラルパークを散歩しておこうと出かけた。8番街を北へ歩き西南の入り口から公園に入った。すがすがしい空気を吸い気持ちの良い時間を過ごすことができた。ホテルに戻り、部屋やスーツケースの中を改めた。バックパックを背負い、スーツケースを手で押しながらえれバーターで1階に降りフロントでチェックアウトを済また。

 ドアを出たところで、ホテルマンにタクシーを頼んだ。通りかかったタクシーを呼び込み、スーツケースを運び込んでくれた。程なく、Penn Stationに着いた。エスカレーターで地階に降り、地下街・・・ほとんどがまだ店を開いていなかた・・・を通り、発券機と待合室を探した。ロータリーのようなところに待合室がありその前に発券機があった。Eticketをタッチして乗車手続きを済ませ、空いていたカフェでパンとコーヒーを買い、待合室に入った。待っている人は少なく、空いていたベンチに座り、パンを食べコーヒーを飲んで一息ついた。

2014年8月21日木曜日

2014アメリカ一人旅 【ニューヨーク第5日 5/5】 最後の晩餐

 ホテルに戻り、衣類を始め、これまで訪問先で入手したパンフレット類、土産品を整理し、旅行カバンに納めた。8時を過ぎて、ニューヨーク最後の夜、何を食べようかと考えながら、外へ出た。

 これまでステーキを食べていなかったので、それにするかと思い、適当なレストランがないかと探しながら、50St.を歩いていると、Bobby Van’s Grillというレストランの前を通りかかった。窓越しに中をのぞいてみると、席が空いているように見えた。一端通り過ぎたが、引き換えし、扉を押して中へ入った。
ポークチョップ


 ウエイターが席に案内してくれた。メニューを見て、あれ
これ思案して結局牛肉を避け、Pork ChopsとRoseを注文した。運ばれてきたパンを口に入れたり、ワインと飲んだりして、主菜が出てくるのを待っていると、目の前の席に日本人と思われる中年女性2人が座った。何を注文したのかと見ていた。

 僕の方は、パンを食べ終わるころにようやくPork Chops・・・大きな骨つきのブタ肉をこんがり焼いたもの・・・が2本運ばれてきた。フォークとナイフで切り分け口に入れてよく噛む、これを繰り返していると、1本食べ終わったところでお腹が一杯になってしまった。  

2014アメリカ一人旅 【ニューヨーク第5日 4/5】 ティファニーで小さな買い物、そしてMoMAへ

Momaの内部
 エンパイヤ―ステートビルを出て、5番街の一つ東の通りマジソン街のバス停からバスに乗った。57St,で下車、ティファニーに向かった。

 まず、1Fを見て回ったが、目的のイヤリングが見つからなかった。エレベータで3Fに上り、同じように見て回ったが、見つけることができなかった。そこで、やむをえず代わりに、小さな青い石を使った揃いのネックレスとブレスレットを買うことにした。妻に喜ばれるという確信はなかったが。

【余談】 帰国後贈ったが、いくつかの理由でもう一つ喜ばれなかった。ところが、二人の息子の嫁たちが見て、「似合っている」「ステキ」と言う言葉を聞いて気持ちが変わったらしい。ほっとした次第。

 ティファニーを出て今日の最後の目的地MoMAに向かった。5番街を南に歩き、53St.で西に曲がるとすぐだった。受付カウンターで「館内案内図とガイド」(日本語)をもらい、クロークにバッグとティファニーの買い物を預けた後、エレベータで5Fに上り、テラスに入った。歩き疲れて一眠りしたいくらいだったが、コーヒーと甘そうなFlourless Chocolate Cakeを注文して寛ごうと考えた。9ドルのチョコレートケーキは飛び切り甘く、歩き疲れから目が覚めるようだった。

2014年8月18日月曜日

2014アメリカ一人旅 【ニューヨーク第5日 3/5】 エンパイヤ―ステートビルからの眺望

エンパイヤ―ステートビルの入り口
 次の目的地、エンパイヤステートビルを目指して地下鉄に乗り、34St駅で下車し、33St.を歩いてたどり着いた。ビルの入り口当たりが外装工事中だったため、仮設の足場をくぐるようにして中へ入った。ご存知のように、ビルは1931に竣工したというからすでに83年が経っている。1986年にナショナルランドマークに指定されている。

 トップ オブ ザ ロックのように長い時間待つのではないかと思っていたが、入場時間の予約はなくすぐに中に入ることができた。写真奥の右側からエスカレータで上がり、そのフロアをひと回りするように、展望台へのエレベータの入り口になかなか辿りつけなかった。長い通路を歩く間には、ビルにちなんだ様々な雑貨や土産物を売るShopがあったり、壁に絵画や外観写真などを展示したりと、飽きさせないような様々な工夫が見られた。

 そうこうするうちにようやくエレベーターホールにたどり着いたが、ここまで来るのに30分近くかかったような気がする。