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2017年4月19日水曜日

独仏伊一人旅(29) 6月1日(水)ヴェルサイユ宮殿(4)

12時近くなってきたけれども、レストランらしきところも見当たらず、見学を続けた。

閣議の間
ルイ14世はここで、日~月、水は国家閣議、水は財務閣議、土は財政評議会を11時から3時まで開いていたというが、寂しい感じがした。
閣議室
この部屋の隅に、アレキサンダー大王の胸像が置かれていた。
アレキサンダー大王の像
王の寝室
王の寝室が宮殿の中央に置かれたのは1701年のことだそうで、ルイ14世はここで就寝したという。王の寝台は、天蓋と帳に囲まれていて中の様子は窺えなかった。暖炉の上の時計はほぼ正確に動いていた。花瓶にいけられているのは、金メッキの造花もようだった。
時計と花瓶
牛眼の控えの間
この部屋の特徴は、天井の帯状装飾で、ルイ14世が望んだ「広がる子ども世界」に応えて幼児の輪舞を描いている。中央の窓が、この部屋の名の由来となった「牛眼」だ。
部屋の名が由来する帯状装飾に作られた窓<牛眼
この部屋には、「1670年、神話の登場人物に扮装したルイ14世一家」(ジャン・ノクレ作、305×420cm)という大きな絵画が飾られていたようだけれど、それとは気づかず、僕は暖炉の上の花瓶に目を向けた。
暖炉の上に飾られた1対の花瓶(磁器?)と時計
第一控えの間、通称、大膳式の間
説明を追加
王のァパルトマンに通じるロッジア(柱廊)
中央に大きな円形の鏡が吊りさげられ、回転していた。
回転する鏡
大理石の階段
この階段は、1681年に大理石で造られたもので、「材質においても細工においても傑出している。」そうだ。しかし、僕は、階段に面した壁の絵画は、廊下が奥へ長く続いているように見え、階段よりこの絵画の方に興味が引かれた。
説明を追加
続いて、王妃のグラン・アパルトマン(大居室)を見学できると思っていたが、大改修工事のため閉鎖されていた。

2017年4月11日火曜日

独仏伊一人旅(28) 6月1日(水)ヴェルサイユ宮殿(3)

戦争の間
この部屋は、1878年に建造が始まり、1686年に完成したといい、装飾は「オランダ戦争(1672-1678年)での軍事的勝利をテーマ」としているそうだが、大理石の壁に嵌め込まれたレリーフ「敵を踏みしだく馬上のルイ14世」(コワズヴォックス作)に目が引かれた。レリーフの上部に2体の「名声の女神」の彫刻、下部の両側に2体の「鎖につながれた奴隷」の彫刻(いずれも金メッキ仕上げ)が飾られていた。
「敵を踏みしだく馬上のルイ14世」コワズヴォックス作 しっくい
レリーフの下部には、「王のこれからの歴史を書くクリオ」というレリーフが施されていた。クリオClioは、ギリシャ神話に出てくる歴史の女神だそうだ。
「王のこれからの歴史を書くクリオ」
窓から外を眺めると、広い庭園が広がっていた。手前に、2つの「水花壇」が、その先の深い木立ちを2分するかのように大運河が見えた。
北側の「水庭園」
鏡の回廊
全長75mの回廊で、北翼の戦争の間と南翼の平和の間をつないでいる。西側(写真左側)は、鏡を貼りつけた壁と庭園に面した窓が続いている。東側(写真右側)は、鏡を貼りつけた壁と彫刻を収めた窪みが続いていた。天井画が続き、シャンデリアが吊りさがっていた。廊下には、金メッキを施した高い燭台や彫刻が配されていた。
もっともよく知られたところで、現代では、第1次世界大戦後のヴェルサイユ条約の署名がここで行われた。
鏡の間(回廊)
平和の間
部屋の隅、窓側と壁側に、不思議な壺2個が配されていた。壁側は馬の1本脚の人物らが抱擁する像が彫りこまれ、窓側は不思議な人物の顔が彫り込まれていた。
大きな壺1
大きな壺2
再び鏡の間を通って、「王のアパルトマン(居室)」と呼ばれる、鏡の間の内側の「閣議の間」、「王の寝室」、「牛眼の間」、南翼の「第一控えの間」、「衛兵の間」、「王のアパルトマンに通じるロッジア」、「大理石の階段」に進んだ。