2015年9月12日土曜日

ドイツ・ポーランド一人旅(14) 5月29日(金)午後 ペルガモン博物館(3) ムシャッタ宮殿の外壁

 2フロア(3階)には、古代イスラム芸術品が地域、王朝に分けて展示されていました。図録によれば、1904年に開館したフレデリック皇帝博物館(現ボーデ博物館)のイスラム芸術部門として建設され、オスマン帝国アブデュルハミト2世Abdul Hamid Ⅱ(1842-1918、在位1876-1909)から寄贈されたムシャッタ宮殿の正面入り口の遺構を始め、様々な収蔵品が展示されていたなかから印象に残ったものをいくつか紹介します。

 まず、ムシャッタ宮殿の正面入り口(左側部分)の遺構です。
ムシャッタ宮殿正面入り口(左側)の遺構
図録には、1903年にベルリンへ運ばれてきたこの遺構は、8世紀、ウマイヤ朝によってシリヤ-ヨルダン砂漠に、多機能で一時的な住居(離宮)として建設されたと記されています。

 また、ウィキペディアの記事によれば、外壁の左側と右側では、三角模様の中に描かれているものが異なるそうです。博物館では気づきませんでした。左側には、鳥や獅子、ケンタウルス(半人半獣の生き物)が描かれているのに対し、右側にはブドウの葉やツルだけが描かれているということです。

説明をムシャッタ宮殿正面入り口(右側)の遺構
【余談】 この外壁をベルリンに寄贈したオスマン帝国アブデュルハミト2世が即位した翌年1877年に、ロシヤとの戦争(露土戦争)に敗れています。また、国内の政治情勢は立憲制と皇帝専制との間で非常に揺れていたようです。ベルリンへの寄贈もこうした政治・外交情勢の動向と何らかの関わりがあったのではないかと推測されますが、真実はどうなのでしょうか。

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