予定外であったが、近道かもしれないと思い、階段を上った。結構な段数を上ったところでカンピドーリョ広場に着いた。3方に由緒ありげな建物が建っていた。正面が市庁舎、両サイドが美術館だったが、次の目的地へ急いだ。通じる道を探してあちこち動いて時間を無駄にしたが、なんことはない簡単に見つかった。
フォロロマーノ(1)全体の配置
最初に、遺跡内にあった案内板を紹介しておこう。伝承では紀元前753年ごろラテン人が建設したといわれるそうだが、整備は前6世紀ころに始まるという。
遺跡内の案内版 〔上下=北南約100m、左右=西東約300m〕 |
同上(2)サトゥルヌスの神殿、セプティミウス・セウェルスの凱旋門
中央左寄りはセプティミウス・セウェルスの凱旋門、中央右寄りはサトゥルヌスの神殿だ。右端前方にアントニヌス・ピウス(皇帝)とファウスティーナ(妻)の神殿が見える。
(東方向) セプティミウス・セウェルスの凱旋門とサトゥルヌスの神殿 |
正面の長方形の遺構はユリウスのバジリカという大会堂の跡だ。ユリウスはユリウス・カエサルのこと、完成させたのはアウグストゥス帝だという。
右手のやや高いところがパラティーノの丘である。
ユリウスのバジリカ(会堂)跡の先に3本の柱が見えるが、カストルとポルックスの神殿というそうだ。
(南方坂道を) ユリウスのバジリカ跡 |
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