地下鉄を下り、進行方向の出口から地上に出ると、右手の方向に人だかりと壁らしきものが見えました。
ベルリンの壁記念記録センターが保存している壁は、Bernauerベルナウアー通りに沿った1.4km、AからDまでの4エリアに分けられています。
Aエリア 屋外展示のスタート地点 左:東側 右:西側 |
これによれば、壁の全長は155km、高さは3.6m、「ベルリンの中心部を横切る形で西側部分をぐるりと取り囲み、町の西側部分を東ドイツから切り離してしまいました。」と記されています。また、1961年8月13日に建設され、1989年11月9日に破壊され、壁が存在した期間は、28年2月27日ということです。
※在日ドイツ総領事館 http://www.japan.diplo.de/Vertretung/japan/ja/Startseite.html
Aエリアの中央辺りに、"Fenster des Gedenkens"(回想の窓)に多くの人々が見いっていました。窓には、個々人に記憶されている壁の犠牲になった人々の顔写真が貼りつけられていました。
Fenster des Gedenkens(回想の窓) |
その数回作り直され、最後は、1975年で、L型コンクリート板Segmentsを鉄骨柱と蒲鉾型の覆いによって固定していたと思われました。
壁の構造 右下:西側 左上:東側 |
壁のコンクリート板 |
前記『ベルリンの壁Q&A』によれば、犠牲者は136人とされています。壁が存続した期間を28年余りとすると、毎年5人弱の人が犠牲になっていたことになります。
先に、壁の構造について述べたような逃亡を防止しために講じられていた仕掛けや設備の一つDornenmatten棘のマットが、記録センターに展示されていました。
棘のマットDornenmatten |
1階の展示を見てから、エレベータで3階に上り屋上に出ましたた。
【余談】 そこからは、ベルナウアー通りに沿って、壁が続いている状景が見渡せました。その場に立って感じたことは人間の愚かさでした。
記録センター屋上から 左下:西側 右上:東側 |
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