2019年6月5日水曜日

中国一人旅その1(31) 6月11日(日)午後 天壇、祈年殿、皇乾殿

前日は閉門されていた祈年門を通り、豊穣を祈るための祈年殿に向かった中央の扉は、天の神「皇天上帝」が通り、皇帝は右(東)の扉を、百官は左(西)の扉を通ったという。最初の門は明の早い時期に建立されたそうだ。
祈年門
祈年殿を囲むように築かれた東壁に沿って燔柴炉があった。天の神を暖かく迎える儀式で、削られた子牛が入れられ末の小枝や葦が燃やされたという。
燔柴炉(ばんさいろ)
燎炉(りょうろ)
祈年殿 最初に建立されたのは明の永楽18年(1420)、大祀殿という。1階建て、矩形の大殿だったそうだ。嘉靖24年(1545)に3層と改築され、上層から青、中層木黄、下層緑色に塗り分けられ、大享殿に改称された。さらに清の乾隆16年(1751)に改修、藍色の瓦に吹き替えられに、名称も祈年殿と定まったという。高さ38.2m、直径24.2m。
祈年殿(南面)
祈年殿
祈年殿の祭壇 「皇天上帝」の位牌
祈年殿の天井画
皇乾殿 祈年殿の北側に、明の永楽18年(1420)に建てられた「天庫」であった。後に清の嘉靖24年(1545)に改築され、皇乾殿と改名されたという。扁額は同帝の筆だそうだ。
ここで、春の祈谷壇で神位を奉祀する祭典が行われたという。
皇乾殿
中央の石壇に「皇天上帝」の神位が祀られていた。
中央の石壇に「皇天上帝」の神位
右(東)側の4つの石壇に、北(奥)から南(手前)へ清の第1代太祖天命帝,3代順治帝,5代雍正帝,7代嘉慶帝の皇帝位牌が祀られているという。
左(西)側の祭壇
左(西)側の石壇に、北(奥)から南(手前)へ清の第2代太宗崇徳帝,4代康熙帝,6代乾隆帝,8代道光帝の皇帝位牌が祀られているという。
右(東)側の祭壇
丹陛石雕 祈年殿は3層の石壇のうえに建立されているが、南北をはじめ8つの階段が設置されていて、次の写真は北側中央の階段である。階段の中央部は、山海の双龍と山海の双鳳が彫られている。
説明を追加
古希門 清の乾隆46年(1781)、皇祈殿の西側にする古希を迎えた,70代以降の官員の歩行距離を短くするため設置されたという。皇帝でこの門を使ったのは乾隆帝だけだそうだ。
古希門
長廊
長老で寛ぐ高齢者
昨日と同じように長廊を通り、東門から外へ出て、今日の3つ目、最後の目的地、北京前門建国飯店に向かった。

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