進む途中で予定していなかったマダマ宮Palazzo Madamaと言われる、イタリア上院の建物である。建物は14世紀の終わりごろのものだそうだが、メディチ家が住んでいた。上院の議事堂となったのでは、1871年だという。名前は、16世紀半ば、オーストリアの王女マルゲリータに因むそうだ。
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| マダマ宮Palazzo Madama |
この建物の前を通り過ぎてナヴォーナ広場に入る通りを見落としてしまった。気づいて戻ってきて広場にようやく辿り着いた。観光地ベスト10に入るだけあって、すでに結構大勢の人出だった。
1648‐51年に造られた「四大河の噴水」は、ベルニーニという人の設計によるものだ。広場にはこの他2つの噴水があったが、この噴水は中央に据えられていて、西側に塔オベリクを抱いていた。背後は、サンタ・アニェーゼ教会(S.Agnese inAgone)。
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| 四大河の噴水 |
四大河とは、ナイル(エジプト)、ガンジス(インド)、ドナウ(ヨーロッパ)、ラプラタ(南米)で、噴水の彫刻はこれらを擬人化したものというが、残念ながら良くわからなかった。
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| 四大河の噴水 |
広場の見学を最後にホテルに戻り、預けておいた荷物を受け取り、テルミニ駅から
空港線に乗ってフィウミチーノ空港へ向かった。搭乗手続きまでにかなりの時間があり、もう少しローマ市内を見ておくべきだったかもしれないが、ゆっくり待つことにした。
4時過ぎに出国検査をうけ、搭乗口近くで待っていた。搭乗時間が近づいてきたところで搭乗口が変更された。乗客が並び始めたのでその後に続いたが、立ったままで待っていたが動く気配がなかった。予定は19時10分離陸、ミュンヘン空港20時45分着陸、同21時25分離陸であったので、気が気でなかった。
フィウミチーノ空港を20分ほど遅れて離陸したためか、ミュンヘン空港では航空会社の社員が待ち構えていて、羽田行きの飛行機に直接乗り付けることになった。こうして乗り継いだ乗客は私を含め4人だった。
ミュンヘン空港の夜景
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| ミュンヘン空港の夜景 |
ヒヤリとしたもののあまり遅れることもなく離陸し、日が変わった6月8日(水)16時すぎに羽田に着陸した。18時前に無事帰宅した。
【お礼とお願い】長らくご覧いただきありがとござました。文中私の誤解や理解不足のため多々誤りがあったのではないと恐れています。お許しいただきたい。
2年続いた欧州編はひとまず終わりました。次回から中国編に取り掛かります。昨年及び今年の2回、それぞれ10日余り中国各地を訪ねました。2017年を「中国一人旅その1」、今年2018年を「中国一人旅その2」に分けて順次アップしていきます。引き続きご覧くださるようお願いします。